

9月13日(日)香川県護国神社参集殿において令和8年度 #4昼食懇談会を「弁当持ち込みによる会食。開始時間は13:00」で実施しました。
本日の卓話は、氏家嘉宣会長(陸自69期)から「石原莞爾について」という演題で以下参考となる話がありました。
1.石原莞爾の主要経歴
・明治43年(1910年)5月士官学校(21期歩兵科)を卒業後は、大正4年(1915年)陸軍大学(30期)に入学し、次席で卒業。
・昭和3年(1928年)関東軍作戦主任参謀として満州に赴任し、昭和6年(1931年)満州事変を起こし、23万の張学良軍を相手に、わずか1万数千の関東軍で満州の占領を実現した。
・昭和12年(1937年)支那事変(日中戦争)開始時には参謀本部作戦部長であったが、武藤作戦課長などが拡大・強硬路線を主張し、不拡大で参謀本部をまとめることはできず、参謀本部作戦部長から関東軍参謀副長として左遷され、東条英機参謀長と対立し、昭和16年(1941年)3月に東條陸相により、現役を退いて予備役へ編入された。
2.石原莞爾の功績
(1)満州事変の主務者として満州を占領に寄与
昭和6年(1931年)23万の張学良軍を相手に、わずか1万数千の関東軍で日本本土の約3倍もの面積を持つ満州全域の占領を約6か月で実現した。
(2)「世界最終戦論」を作成
・最終戦争では航空機や大量破壊兵器によって殲滅戦略が実施され、日本と、アメリカ合衆国の決戦となる。
3.結言
石原莞爾は対ソ戰の脅威から日中戦争に反対しており、仮に石原莞爾の主張に伴い日中戦争の終結があれば、米国による原油等の輸出を禁ずる経済制裁もなく、日米戦争は回避され、日本の太平洋戦争敗戦という過去にない大悲劇は避けられた可能性が考えられる。また、満州国の活用等により生産力拡充・国防産業の拡大を図り、最終戦争を支える国家体制を整備し、米国との最終戦争に備えられた可能性もなしとしない。石原莞爾という希代の天才戦略家を当時の日本が生かしきれなかったことの歴史的損失は計り知れない。
卓話後、質疑応答を実施し、高木事務局長から次期幹事会の予定等について説明があった。
本日参加した会員の皆様、ご多忙中にもかかわらず参加して頂き本当にありがとうございました。次回は令和8年10月11日(日)、講師は末包昭彦隊友会会長(陸自69期)です。多くの皆様の参加をお待ちしております。新型コロナウイルス感染症の影響が少ないため今回と同じく「弁当携行の会食あり、開始時間は13時」で実施致します。なお、実施要領を変更する場合は事前に(1W間程前)本ブログで明示致します。
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